私とルイサダ ファンの皆様とルイサダとの、 |
演奏に触れて |
| ひょんなことからネットを始め、当時お会いしたことも無かった♪さんのホームページでルイサダ先生を知り、ネット上で初めて「聴いてみたい!」と本気で思ったアーティストでした。 旦那が音楽で生計を立てていることでどこか、音楽を冷ややかに見ることが日常になってしまい、2年ほど自分の意思で音楽を聴かない生活を送っていたときに出会った出来事なので、とってもとっても衝撃的でした。 あの時、少しでも躊躇して実際にCDを聴いたり、コンサートに足を運んでいなかったら・・・ 今も音楽に対して冷淡な部分があったかもしれません。 音楽の温かみ・・みたいなものをもう一度思い起こさせてくれた出来事だったと感謝しています。 (peach melbaさんからの投稿) |
| ルイサダ様の生演奏をお聴きしたのは、ヤマハ銀座店でのミニ・コンサートただ一度きりですが、だからこそその思い出は大切な宝物として今でも心に残っています。 あの時、インタビューに応じておられたルイサダ様の、スタッフに対する細やかな心遣い そして時折向けられた聴衆への優しい眼差し・・・ 全てが鮮明に甦ってきます。 そして ピアノ演奏で最も衝撃的だったのはハイドンのソナタでした。 古典派の楽曲であるはずのハイドン・ソナタが まるでロマン派あるいは印象派の作品であるかのように聞こえてきました。 それは恐らくテンポの揺れや、彼独自の指使いから紡ぎ出される流れるように美しい音色によるものかも知れません。 それまでは、ブレンデルの演奏によるハイドン・ソナタを聴いてもさほどの魅力を感じなかった私ですが、ルイサダ様のハイドン・ソナタはこの世で最も魅力的だと思いました。 この次来日された時には 是非コンサート・ホールへ足を運びたいと思っています。 どうぞ いつまでもお元気で演奏活動を続けられますようお祈りしています。。。 (いささんからの投稿) |
| 思わぬ出会い |
| ショパンコンクールの入賞者の中で、ジャン=マルク・ルイサダという名前は、その一種他の入賞者とは違う演奏から、印象に残ってはいたものの、ショパンコンクールでの演奏を聞いてすぐにファンになった、というほどのものではありませんでした。 ブーニンと同級生のワタシにとっては、やはり同年代の彼のほうが(好き嫌いは別として)衝撃的だったというのが正直な気持ちでもありました。 さて。 おそらく大学在学中、あるいは、卒業してまだ日が浅い頃だったと思うのですが、名古屋のヤマハショップで楽譜を探していたわたしに、衝撃的な出会いがありました。 なんと、あの「ジャン=マルク・ルイサダ」氏が店内にいるではありませんか。 しかもわたしのすぐ隣に…。 驚きました。 プロのピアニストを、しかも間近で見る、なんてことは、そうざらにあることではありません。それも、密かに注目していた相手です。驚く以外のどういう反応ができるでしょうか。 ルイサダ先生は、おなじみのあの、チャーミングな笑顔で気さくな方、という印象を受けました。何かごあいさつしたいと思ったのですが、こういうときに限って、一言も言葉が出てこないのが歯がゆいばかりです。傍らの通訳の方(だと思います。日本人の女性の方でした)に、やっとのことで、自分が音楽を学ぶ学生であること、貴方の演奏をショパンコンクールを放映したTV番組で見て、印象に残った、ということを通訳していただいたのですが、その間ずっと、心臓がバクバクと音をたてておりました。 記念に握手していただいたのですが、サインをいただいておけばよかった…ということだけが悔やまれます。とにかく、当時からとてもおしゃれで、ステキな方だな、という印象が残っています。 今だったらもうちょっと御本人にお会いしてもお話できるかな、でも、舞いあがってしまって何もお話できなかったらどうしよう…と、お会いしてもいないのに、いろいろと考えてしまいます。でも、CDを持って行ってサインだけはもらおう…と心に決めております(笑)。 (おそなえ餅1号さんからの投稿) |
このHPを作った理由 |
| ルイサダ先生の演奏を初めて聞いたのは、多くの皆様と同じ、1985年のショパンコンクールのドキュメンタリーで…でした。 それから今まで、思い出される事は沢山ありますが、その中で、このHPをはじめたいきさつについて、書いてみようと思います。 1998年の秋ごろからネットを始め、1999年になって、自分専用のPCを購入してからは、毎日のようにメールをチェックしたり、HPや掲示板を見るようになっていたのですが、その中で、特に不満だったのが、ルイサダ先生の名前で検索しても、まとまった情報が得られるサイトがない事でした。 半年くらい、頻繁に検索してガッカリして…というのを、繰り返していたでしょうか…。 そんな、1999年の夏の終りに、名古屋音楽学校で、ルイサダ先生の5日連続の公開講座がありました。 前の年に、この講座の話を聞いた時から、楽しみにしていたので、参加したのは言うまでもありません。 公開レッスンの内容は非常に勉強になるものでもあり、ルイサダ先生の演奏が、楽譜への深い洞察と、それを音にするためのたゆまぬ努力の賜物であることが垣間見られるものでもありました。 また、その時に、過去にたった一度レッスンを受けただけの私を覚えていてくださって、ご自分の生徒として接してくださったことに非常に感激したのも、昨日の事のように覚えています。 その後、東京で、ルイサダトリオの東京公演があり(それはモチロン素晴らしい演奏でした)、終演後、王子ホール内で写真撮影などがあったので、外で他のお弟子さんなどと待っていると、撮影用のワインを持って、格子のシャッターのところまで来て、格子ごしにワインを飲ませてくださったのも、忘れ難い思い出です。 ルイサダ先生が帰国された後も、熱は冷めず、でも、検索してもそれほど、変わり映えのしない情報しかない現実に、自分にHPを作る能力があったなら、今すぐに作るのに…という気持ちが強くなっていきました。 でも、当時の私は、ネットを初めて1年足らず。 しかも、自分がHPを作る…なんて、これっぽっちも想像していなかったのです。 だから、思っただけで、行動に移すとは思っていなかったのですが…。 今も親しくさせていただいている、とあるHPに何の気なしに、その思いを書いた所、親切にHPの作り方を教えてくださる方がいらして、 「公開しなくても、ご自分のPCでだけ見られるように作ってみては?」 というアドヴァイスをいただき、それならできるかも…と、チマチマと作り始めました。 幸いというか当然というか、コンサートのパンフレットやCD、雑誌の類はそろっていたので、デザインを決めて、それらを打ち込むだけで、HPの体裁は割りと簡単に整ったように記憶しています。 体裁が整うと、公開してみたくなるのが人情…というもので、気軽に無料でHPが作れるジオシティに公開の手筈となりました。 その間、1週間くらいでしょうか。 今では考えられないくらいの早業(?)でした。 その後、ルイサダ先生の所属事務所にHPについてのお知らせをして、お返事をいただいたり、来日公演の時には、情報をいただいたりして、少しづつ、ルイサダ先生のファンの皆様が集まってくださるようになりました。 また、ルイサダ先生に問い合わせをしたい…という外国の方からのメールを、マネージャーさんを通じてルイサダ先生にお届けした…などという事もありました。 ただのファンサイト…と思って始めた事でしたが、HPをやっている以上は、責任を伴うのだな…と感じる一件でした。 今、ルイサダ先生のお名前を検索すると、googleで600件以上のページがヒットするようになりました。 このページも1番目か2番目に出てきます。 そうしていらしてくださる方も、多くいらっしゃる事と思います。 ルイサダ先生の来日中には、掲示板への書きこみをルイサダ先生にご紹介させていただいたりした事もありました。 関係者の方も、このページを見てくださっているようです。 ルイサダ先生の演奏を愛する皆様の、温かい人の輪が、このページを通じて広がっていくのなら、それは、私にとって最高の喜びです。 これからも、この温かさを保ちつつ、この輪が広がっていったら嬉しいな…などと思っています。 (♪) |
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