the concert report by Jean-Marc Luisada fan

コンサートリポート海外編
2003年8月20日 in マイセン(ドイツ)

 

初めてメールします。ドイツのマイセンでルイサダのコンサートに行ってきました。
海外のコンサートレポートはどうかと思ったのですが。長くなりましたが、読んでいただければ幸いです。

piyopiyoさんからの投稿です

 

Pianoforte-Fest Meissen 20.08.2003 20:00開演
Saechsisches Landesgymnasium St. Afra

Programm<プログラム>

J.Haydn<ハイドン>:Sonate Partita G-dur Hob. XVI: 6<ソナタ・パルティータ>
W.A. Mozart
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モーツァルト>: Sonate B-dur Kv. 333<ソナタ>
Chopin
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ショパン>: Scherzo b-moll op.31 <スケルツォ第二番>
  Barcarolle Fis-dur op.60 
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舟歌>
Nocturne op.62 
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夜想曲>
          Polonaise-Fantasie As-dur op.61 
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幻想ポロネーズ>
C.Debussy
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ドビュシー>: Le Cathedrale engloutie, Image II <沈める寺、映像第二集より>

Encore<アンコール>

Mozart<モーツァルト> Sonate A-dur kv.331 1 movement<ソナタ 第一楽章>
Chopin
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ショパン> Mazurka a-moll op.17-4<マズルカ>

 

高校の公会堂みたいなところで演奏会は行われました。入場料は14EURO,学生9EUROと信じられないような値段です。ピアノはTHUERINGERというマイセンで作られているピアノでした。セミコンサートくらいの大きさです。まず見た目の若さと細さにびっくりながらもさらにあの細さで豪快にピアノを鳴らすのにはもっとびっくりでした。

ハイドン:失礼ながら彼がこんなにも古典作品で素晴らしく演奏できるとは思っていませんでした。完璧に揃えられたパッセージ、スタッカートとレガートの落差、感情の動き、古典派を弾く上で可能な事はすべてやり尽くされているという感じでした。
バスの移り変わりをはっきりと聴かせて、バスにどのような意味があるのかという事をこの演奏会では一貫して表現してたような気がします。独特のシャープなアクセントはかなり賛否両論もあるかとは思いましたが、自分はあまり気になりませんでした。

モーツアルト:これは演奏会中の白眉です。天才が弾く天才のモーツァルト。コントロールされている音たち、強弱の差、感情の波、感性の閃き、音色の使い分け。これ以上エキサイティングなモーツァルトには死ぬまで出会えそうにありません。テンポも完全にインテンポではなく若干動かしているのですが、全く気になりません。何て自然だろうとかえって驚きました。スタッカートとレガートの落差が見事なことこのうえなく、弦楽器のようなレガートが出来るというのはやはり超一流の証です。3楽章の冒頭の上手さは忘れられないです。内田光子、ピリス、エッシェンバッハ、ギーゼンキング、グールド、彼らが弾くモーツァルトに比べても何の遜色もありません。
恐らく世界でも五本の指に入るモーツァルト弾きである事を確信しました。

ショパン:スケルツォは素晴らしかった。何と美しい第二主題。圧倒的なフォルテッシモ。聴こえない位のピアニッシモ。バルカローレも、第一主題の流れのよさ、見通しのよさが良かった。コーダの部分に入っても崩れない。バスをしっかりと支えにして、右手の重音の上の音を綺麗に出す。この技術は凄い。そうそうできるものじゃありません。これは幻想ポロネーズのコーダでも言える事で、右手内声部にある伴奏を抑えながら上の音を出すところがあるのですが、これも見事に上の音しか聴こえない。6番までのポロネーズの存在意義と幻想ポロネーズの違いを明確にした演奏でした。

ドビュッシー:沈める寺もやはり例によって素晴らしい。古典派の演奏と違って極めて伝統的にフランス音楽の精髄を表現しているのが印象的でした。凝縮された響きでのフォルテッシモと、左手の伴奏を極限に抑えながらのピアニッシモの差には驚愕しました。響きの美しさ、音色の多彩さ、映像も含めて本当に凄かった。出来ればドビュッシーの前奏曲を全曲録音して欲しいです。

アンコールで再びモーツァルトが聴けるとは思いもしませんでした。何とも天使のような音楽でもうただただ驚くばかり。

総論:超一流の演奏家です。古典派の演奏に関してはアーティキュレーションとバスの扱いにかなり個性的な面が見出せますが、これがもしエキセントリックだと聴衆や批評家に受け取られたとしても、彼はこの解釈、具現化をやめるべきではありません。彼の古典派の本質は、全くもってエキセントリックでは無いからです。これはグールドのバッハでも同じことが言えるかもしれません。ロマン派の演奏の特長もその感性と指の統率度の高さが際立っています。これらの要素と同じくして、彼は正統的なフランス音楽の解釈者としても評価されなければならないでしょう。彼の素晴らしいところは

レガートの上手さ
極めて明確なパッセージ
正確なテクニック
指のコントロール
音に対する鋭敏な神経=素晴らしい耳を持っている
ダイナミックレンジの広さ
感性

彼の演奏を聴いてふと思ったのですが、往年の大ピアニスト、コルトーとフランソワを思い出しました。彼はもっと沢山の録音を残さなければならないし、いろんな人が彼を知らなければならないと思います。個人的にはスクリャービンは彼にかなり合っているような気がしました。出来ればソナタ第三番あたりをコンサートやCDで聴いてみたいです。

piyopiyoさん)

 

 

 

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