the concert report by Jean-Marc Luisada fan

コンサートリポート2002

 

2002年の来日について


1985年に、ショパンコンクールのドキュメンタリーで初めてその演奏を耳にした時から(それは、本当に短い時間でしたが)、私のとって、ジャン=マルク・ルイサダというピアニストは、音楽そのもの…と言っても良い存在でした。
ピアノで奏でる歌の楽しさと美しさは、ほかのピアニストから感じられるものとは全く違って、来日の度にコンサートに足を運んでは、幸せな気持ちでコンサート会場から帰ったものでした。
1980年のショパンコンクールでの挫折から、大きな自己変革をされて、1985年に挑まれた…というのは、度々語られる有名な逸話ですが、数年前から、再び新たな理想に向かって、大きく自己変革していらっしゃるのではないか…という予感がありました。
柔和な笑顔と、温かな物腰の後ろには、とてつもない強い意志を持った一人の芸術家がいて、より崇高な理想へ向かって御自身を駆り立てている…、私にとって、ジャン=マルク・ルイサダというピアニストは、そういう人です。
この2002年の来日では、その理想が明確な形を成して、私たちの前に現れ、その素晴らしさが類稀なるものだったことは、コンサートにいらした多くの方が経験された事でしょう。
その音楽はより美しく、ノーブルに、そしてスケールが大きくなり、心の奥深く、聴く者の魂に直接語りかけてくるようです。
そう、この語りかけてくるような親密さ…こそが、他のピアニストにはない大きな魅力。これは、ライブでしか味わえません。

…という訳で、来日期間は、数々の素晴らしい録音も決して拾い上げることができない、その魅力を、堪能した2週間でもありました。

(♪)

 

サントリーホールのリサイタル 11月17日日曜日(♪)

コンサート with ターリッヒ in 名古屋 11月22日金曜日(カオルさん)
コンサート with ターリッヒ in 大阪 11月26日火曜日(♪)
コンサート in 王子ホール with ターリッヒ 11月28日木曜日(♪)

ミニ・コンサート in ヤマハ銀座 11月29日金曜日(♪)

サントリーホールのリサイタル 11月17日日曜日
(♪)


17日の日曜日は、ルイサダ先生のサントリーホールでのリサイタルでした。
曲目は、発表されていたものとは、チョット変わっていて、

  ハイドン:ソナタ ト短調 Hob.]XT-6
       チェンバロのためのパルティータ
      ファンタジア(カプリッチョ) ハ長調 Hob.]XU-4
  モーツァルト:ソナタ 変ロ長調 K.333
  ショパン:舟歌 嬰ヘ長調 作品60
           〔休憩〕
  ドビュッシー:アラベスク第1番 ホ長調
         雨の庭 (版画より)
         沈める寺 (前奏曲集第1集より)
        映像 第2集 葉ずえを渡る鐘の音
               そして月は荒れた寺院に落ちる
               金色の魚
  ショパン:ポロネーズ 第7番 変イ長調 作品61 「幻想ポロネーズ」

 〔アンコール〕 
  ショパン:スケルツォ第2番 変ロ短調 Op.31
       華麗なる大円舞曲 変ホ長調 Op.18
       「4つのマズルカ」Op.17より第4番 イ短調

…というものでした。
最初は、ハイドン、ショパンの2曲、モーツァルト、ドビュッシー…という順番で演奏される予定でしたが、ルイサダ先生が、最初にステージに登場して、まず、英語で演奏曲順の変更の旨が伝えられました。
「その方が、皆さんにとっても私にとっても幸せでしょう…」
…というようなおっしゃりかたが洒落ていて、そこからすでに魅了されていました。
(でも、残念なことに、マイクを通さずに英語でおっしゃったので、わからない方も大勢いらっしゃるようでした。)

最初の演奏、ハイドンのソナタは、昨年のリサイタルや発売されたCDで聴いているものでした。
第一音から引きこまれるその演奏は、昨年のものよりも、CDよりも、もっともっと美しく、生命感があり、魂に直接語りかけてくるようなものでした。
自分が生きている事に感謝し、そのような演奏がこの世に存在する…と知っているだけで幸せを感じ、それを大勢の人と共有している喜びを実感する…そんな演奏です。
演奏が終った時、一曲目とは思えない長い長い拍手が続き、会場にいる多くの人にとって、その演奏は素晴らしいものだったことを物語っていました。

次に演奏されたファンタジアも、CDの中で特に好きな曲の一つでした。
演奏は色彩感に富み、雄弁です。
そして、ファンタジアの題名の通り、幻想的な世界に引き込まれていくのを感じました。
私は、いつの間にか、手を祈るように合わせて組んでいるのに気付きました。
そして、そのような気持ちは、コンサートが終わるまで続きました。

次のモーツァルトのソナタは、私も、子供の頃に弾いたし、学習者の多くが勉強する作品です。
しかし、ルイサダ先生の演奏は、そのような幼いものとは一線を画した…というよりも、同じ曲であることが信じられないくらい、素晴らしいものでした。
天国的な美しさと、音楽の生命感。
色彩感に溢れ、透徹な音色。
これらを備えた演奏を生で聴く機会は、そうそうありません。
演奏が心の奥深くに入りこんできて、魂を持って行こうとしている…と感じて仕方がありませんでした。
(演奏をお聴きになっていない方には、何のことやらさっぱり分らないかも知れません。でも、同じ演奏を共有した方だったら、きっと、この気持ちをわかっていただける事と思います)

前半の最後は、ショパンの舟歌です。
ルイサダ先生の舟歌には、きっとファンも多いことでしょう。
私も、舟歌の楽譜を開くだけで、ルイサダ先生の演奏が聞えてきてしまうくらい、大好きな演奏です。
でも、昨日のルイサダ先生の演奏は、それを裏切るものでした。もちろん、素晴らしい方に、大きく…です。
ステージに、汗を拭きながら戻ってきて、
「アツイ」
…と日本語で一言いうやいなや、弾き始めた途端、演奏を聴いている…のではなくて、演奏を体験している…という方がふさわしい位、ぐいぐい音楽に引き込まれ、気がついた時には演奏は終り、休憩時間になっていた…という印象です。

そして、休憩時間に、ご一緒させていただいた方たちと交わした言葉は、ひたすら、
「カッコ良かった〜〜」「凄かった〜」
…という、小学生みたいなものでした。
でも、本当に凄い演奏を聴いてしまうと、そういう言葉しか出てこないものなんです。

そして、これで、楽しみにしていたリサイタルの半分が終ってしまった事が悲しいような、変な気持ちになっていました。

後半のドビュッシーは、全て、連続して演奏されました。
最初のアラベスクは、靄がかかったようなアルペジオと、透明で熱を持った音のコントラストが美しく、それらが同じ楽器から同じ時に出ている…とは、信じられないくらい、素晴らしいものでした。
それほど長くないはずの曲なのに、多彩な音色とコントラストで演奏されたそれは、何か規模の大きい作品を聴き終わった時のような充実感を与えてくれました。

次の雨の庭では、最初、煙るように降り始めた雨が、少しづつ激しくなり、遠雷が聞え…という描写が克明で、ドビュッシーが作曲した時に、彼の頭の中には、こういう音楽が鳴っていたに違いない!!…と確信させるものでした。

そして、次の沈める寺。
これは、もう、圧巻…としかいい様がありません。
鐘の音が本当に反響しているかのような、まるでそこに沈める寺が現れたかのような錯覚さえ起こさせる、素晴らしい演奏でした。

映像第2集は、以前、公開講座で取り上げられたのを聴いた事がありましたが、演奏を聴くのは初めてでした。
葉ずえを渡る鐘の音では、風でゆれる葉のざわめきや遠くから聞える鐘の音、そして、その周囲の風景まで見せてくれました。
そして月は…では、月の光の妖しさや、荒れた寺の影まで見えた気がしました。
金色の魚では、閃くようにおよぐ魚と水飛沫がそこにありました。

今まで聴いた事がない、しかし、聴きたくてたまらなかったドビュッシーの音楽を、そこに聴くことができました。
でも、それらは、何度も言うようですが、聴いた…というよりは、経験した…という方がピッタリくる、そんな気がします。

演奏は、まだ続くのですが、ここで、花束が殺到。
あまりに素晴らしい演奏のせいでしょうか…。
ルイサダ先生は、にこやかに、
“Chopin will be happy!”
とおっしゃってから、幻想ポロネーズを弾きはじめられました。
これがまた素晴らしい演奏!
この演奏で、持って行かれそうだった魂は、持っていかれてしまったようです。
血が逆流するような、沸騰するような、そんな興奮を感じながら、ルイサダ先生の描く音楽を体験していました。
そして、この演奏が終ると、あんなに楽しみにしていたコンサートは、終わってしまうのだ…という、一抹の寂しさも感じながら…。

アンコールでは、ルイサダ先生お得意の3曲が演奏されました。
スケルツォを演奏し始めて、右袖のカフスが外れている事が判明。
左手が空くと直そうとされるのですが、上手く行きません。
ドキドキしながら見ていましたが、何度やっても上手く行かず、とうとう、諦めて、そのまま弾き続けられました。
しかし、そんなアクシデントとは関係なく、素晴らしい演奏だったのは、さすが!!…としかいい様がありません。
華麗なる大円舞曲は、カレーのCMなどでも有名な曲ですが、実は、演奏はとても難しい曲です。
しかし、そんな事は微塵も感じさせず、ノーブルに、スケールの大きい美しさと楽しさのある演奏で、最後の一時を楽しませてくださいました。
最後に演奏されたマズルカは、昨年上演されたショパンとサンドで、ショパンの死を象徴して演奏されたものです。作品番号を失念してしまいましたが、あおきさんから情報をいただきました。ありがとうございました。
それまで楽しげに拍手に応えていらしたルイサダ先生が、急に神妙な面持ちでピアノに向かい、深い哀しみに満ちた旋律を弾き始めると、会場は静まり返りました。
演奏が終ってもしばらく面を上げないでいるルイサダ先生を、会場の静けさが見守ります。
…と、急に、顔を上げて、いつもの笑顔が戻って来ると、会場から大きな拍手が湧きあがります。
素晴らしい演奏に温かい拍手。
そこにいることに、幸せを感じる、素晴らしい時間でした。
ルイサダ先生の素晴らしい演奏を、いつまでも拍手で称えていたい…そんな気持ちで一杯でした。
ステージを去る時に、ルイサダ先生が、会場に向かって、投げキスをして、両手でバイバイ…と手を振ると、それが、コンサートの本当の終りを告げる合図となりました。

本当に、夢のような時間でした。

(♪)

コンサート with ターリッヒ in 名古屋 11月22日金曜日
(カオルさん)


名古屋公演、ダンナと2人、「のぞみ」に乗って行ってきました!
ショパンのコンチェルト<ピアノ6重奏版>、初めてあのCDを聴いたときから、ずっとホールで聴いてみたい!と心から願っていたので、もう楽しみで楽しみで、名古屋観光どころではありませんでした。
プログラムは変更なし、チラシにあるとおりでした。
最初の曲、ドヴォルザークの弦楽四重奏曲「アメリカ」が始まったとき、「やばい…」と思いました。眠ってしまいそうなくらい、心地よい音なんですもの!(でも、ちゃんと起きて聴いてましたよ♪)
続いてブラームス、ここでルイサダ先生の登場です。まるで、底なし沼に沈んでいくように、自分がだんだんのめり込んでいくのがわかります。姿勢が、だんだん前傾しちゃうのよ〜。
休憩を挟んで、舟歌。サントリーホールのときもそうだったんですが、ツボにはまってしまって、またしても涙ぐみそうになってしまいました。乾燥ワカメのごとき我がココロが、一気に十数倍に膨れ上がって、体中の穴という穴から感情が噴出しそうな感じがするのです。
そして、いよいよショパン・ピアノコンチェルト!ワタシは、オケ版よりも、断然こっちのほうが好きです♪とにかくかっこよくて、目がハート型になってしまいそう。ウットリ♪
ところが、第二楽章の甘美なメロディーが始まると・・・なんと、携帯電話が鳴ったのです。
持ち主は鞄の中を必死に探りますが、着メロはなかなか止まりません。みんながじろりと音のほうを見ます。ワタシも見ましたよぉ、ギロリッ。
やがて音は止みましたが、ホント、非常識!
でも、演奏は続いて、あまりの心地よさに、そんなことはどうでもよくなってしまいました。
第三楽章も、踊りたくなるような楽しさで、頭に浮かぶ言葉は、またしても「生きててよかった〜」です。
演奏が終わり、割れんばかりの拍手の中、カメラのフラッシュが光りました。すぐに、二階の席で写真を撮った弾性のところにホールの人が駆けつけ、注意をしたようです。
アンコールは、CDに入っているドヴォルザークのピアノ5重奏曲・第二楽章でした。
はるばる名古屋まで遠征してきたということもあり、感慨深い夜でありました。ダンナも、「かっこよかったなぁ」と、何度かつぶやいていました。
ホテルへの帰り道、ほてった顔に夜風が気持ちよかったです。

(カオルさん)

コンサート with ターリッヒ in 大阪 11月26日火曜日
(♪)


行ってまいりました、はるばる大阪まで。
シンフォニーホールは、響きがよい…という噂を聞いていたので、それもとても楽しみでした。
いやいや、それにしてもエントランスから客席までの遠い事…。途中で不安になるほどでした。
座席は、前から5列目のド真中!!
バランスといい、ステージから伝わって来る熱気といい、素晴らしいものでした。

演奏は、ターリッヒの弦楽四重奏からはじまりました。
同じ弦の音でも、コルシア先生の音がほとばしるような勢いがあるのに比べ、ターリッヒのそれは、落ちついた響きと流れのように思いました。
チェコの音楽…というのが、そういう性質があるのでしょうか…。私には、分りませんが。
第1曲目のドヴォルザークの『アメリカ』では、そういった響きが心地よく感じ、気持ちよく聴くことができました。

そして、第2曲目のブラームスのピアノ四重奏で、いよいよルイサダ先生の登場です!
リサイタルでは、リラックスした表情でご自分の世界を描いていらしたルイサダ先生ですが、室内楽では、鋭く真剣な目で、他の奏者と合図を交わしています。
その表情もまた素敵…
そして、驚いた事に、第1曲目を聴いた時には、落ちついた響きと流れ…と思っていた弦の音が、ルイサダ先生のピアノの音が入ると時間が経つにつれて、どんどん熱くなっていくのです。
その音色の変わり方に、血管の中で血液が沸騰するかのような興奮を覚えました。
音楽の血色が良くなった…と言うか、変な書き方ですが、そんな感じです。
ブラームス…というと、落ちついた渋い演奏が一般的、悪く言うと、チョット真面目で退屈…という印象があるかも知れません。
でも、ルイサダ先生の演奏は、全くそんな所はありません。
音楽は熱く熱く、複雑に絡み合う旋律が高まり合いながら進んでいきます。
そう、変ないい方ですが、“セクシーなブラームス”という感じでしょうか。
そして、最後のコーダの格好良いことといったら!!!
聴いているだけなのに、体温が1度くらい一気に上がった気がしました。
こういう興奮って、クラシックコンサートというよりも、ロックコンサートかなにかの興奮に近いのかも…。
(…って、私は、ロックコンサートに行くと、眠くなるような人間なんですが。 (;^_^A )

休憩時間を挟み、後半の最初は、ルイサダ先生のソロによる、ショパンの舟歌です。
私は、ルイサダ先生のショパンの舟歌は、将来きっと伝説になる…と確信しています。
ちょうど、往年の名ピアニストの演奏をCDなどで聴きながら、自分がその時代に生まれて、生演奏を聴くチャンスを持てなかった事を嘆くように…。
あれほど、心の中に深く深く入りこんで来る、そして、心を掴んで離さない演奏は他にありません。
何度聴いても変わらない感動を感じることができます。
今、その演奏を思い出すだけでも、ドキドキして涙が出そうになって困ってしまうくらいです。
ただ、リサイタルの時と違って、ピアノの前に、次の曲の為の椅子やら譜面立てがセットされたままだったのが、少しだけ違和感がありました。
贅沢かも知れませんが、ピアノソロの時は、あれは一度、どかして欲しかったなぁ…。

最後は、期待に胸を膨らませてきた、ショパンのピアノ協奏曲室内楽版…です。
弦楽の調べが始まった時からずっと、私の耳は、ピアノの音を待ちわびていました。
その時を待つルイサダ先生の真剣な目が素敵です。
美しくそして熱いピアノの音が始まると、それはあっという間に心の奥深くに入ってきます。
ショパンらしいルバートが随所にあるのにも関わらず、ピアノと弦、6人の奏者が織り成す音はまるで一つの生命を持っているかのようにぴったりと寄り添って流れ続けます。これは、室内楽版ならでは…の魅力だと思いました。
その流れ――それはキラキラしてツヤツヤしてなめらかな流れです――に身を任せているのは、最高に気持ち良く、その流れがいつか終ってしまう…なんて、できることなら考えたくない…そんな気がしました。
そして甘美で愛に溢れた2楽章…。
ひょっとしたら、ありとあらゆるジャンルの音楽の中で、この演奏ほどセクシーな演奏はない…そんな気さえするほどでした。
あ、モチロン、変な意味ではありません。
私は、以前、ルイサダ先生にお渡ししたお手紙に、“I'm falling Love with your Chopin.”なんて書いた事があるのですが(恥)、でも、改めてそう思わざるを得ない程、ウットリと心を奪われてしまいました。
第3楽章の生命感のある、熱っぽい演奏も素晴らしく、もう私はこのあたりになると、ひたすらルイサダ先生と弦楽奏者たちが紡ぎ出す熱い音の世界に没頭していました。
コーダが近付くにつれて、音楽の高まりを感じる喜びと、終りが近付く寂しさで、複雑な気持ちでした。

クラシックのコンサート…というと、退屈…というのが世間の定番なのかも知れませんが、ルイサダ先生のコンサートは違います。
男性6人が拍手に答えている様子は、ロックコンサートのようにさえ思いました。
そして、聴衆も、笑顔が一杯、満たされた雰囲気です。
ルイサダ先生が演奏される所に、本当に音楽を愛する気持ちが満ちている…そんな気がします。

(♪)

コンサート in 王子ホール with ターリッヒ 11月28日木曜日
(♪)


大阪でも聴いた同じプログラムを、二日後に今度は、東京の王子ホールで聴きました。
まぁ、要するに追っかけ…をしていた訳ですが、少しだけ弁解させてもらうと、ピアノ協奏曲の室内楽版…というのが、1000人以上の大ホールと、400人くらいの小さなホールで、どのようにその印象を変えるか…というのに、非常に興味があったのです。
そして、結果として、両方を聴くことで、この演奏の二つの魅力に接することができたような気がしました。

王子ホールは、とても小さなホールです。
私の席は、前から8列目の中央だったのですが、8列目というのが、ホールの真ん中やや後ろ…という感じの小ささなのです。
そのために、17日のサントリーホールのリサイタルでルイサダ先生の魅力にめざめ、もっと生で聴きたい…と思われた多くの方が、チケットを取れずに涙をのまれたようでした。
そういった訳で、小さなホール内には、この日の演奏を聴くことができる、幸せな方がたがその演奏に触れるのを心待ちにしている、そんな雰囲気がありました。

最初に演奏されたドヴォルザークの「アメリカ」から、私には、シンフォニーホールでの演奏から受けるのと大きく違う印象を受けました。
会場が狭く、木の響きのホールのためか、旋律の細やかなニュアンスまでがよく聞き取れます。
そのせいか、アンサンブルの巧みさが非常によくわかり、二日前に聴いた時以上の気持ちの良さです。
それと、ルイサダ先生が入っていないアンサンブルなのに、二日前よりも、全体的に音色が熱を帯びて聞こえたのも、演奏の魅力を増していました。

そして、2曲目のブラームス。
ここで、演奏にピアノの音が加わった瞬間に、そのピアノは、昨年、ルイサダ先生が選定されたものであることを思い出しました。
なんとなくピアノそのものの持っている声がルイサダ先生の音楽を奏でるのにピッタリな気がします。
若いスタインウェイ独特の硬さのようなものもチョットだけ感じられた気もしましたが、ほとんど気にならない程度のものでした。

私は演奏を聴きながら、大好きなフランスの画家ラウル・デュフィ(ちなみにルイサダ先生と同じ誕生日です)が沢山残した、音楽を題材にしたスケッチを思い出してしかたがありませんでした。
デュフィという人は、音楽一家の生まれで、音楽家とも交友があり、それらのスケッチのモデルは、若きカザルスだったり、他にも有名な演奏家だったりするのです。
そして、そのデュフィのスケッチからは、本当に、それらの音楽家たちが奏でた音が聞こえてくるような気さえします。
ターリッヒの皆さんもルイサダ先生も、とても凛々しく魅力的で、絵のモデルにもピッタリなような、絵から抜け出たかような風に思えてしまいした。
そこは、21世紀の東京・銀座のホールの中なのに、演奏全体から、そういう、芸術家のサロンのような印象を受けたのは、とても不思議でした。
これも、小さなホールで演奏を心待ちにしていた聴衆とそれに応える演奏家が見せてくれた夢でしょうか…。
ブラームスの甘美な旋律は、とても親密な雰囲気で私たちに届きます。
そして、終楽章のカッコ良さといったら!!!

後半のはじめは、会場中が待ちかねていたショパンの「舟歌」です。
今回の来日で3度目ですが、何度聴いても新鮮で、今、まさにそこで生まれいてるような音楽です。
ルイサダ先生が最初のバスの音を弾いただけで、会場にいる殆どの人の心が奪われてしまったような気がしたほど、それは、とてもとても魅力的でした。
ショパンはどうして舟歌をもっと長くしてくれなかったのかしら…なんて、メチャクチャなことまで、コーダの部分を聴きながら思ったほど、終わってしまうのが残念で残念でたまりませんでした。

最後のショパンのピアノ協奏曲室内楽版では、ちょうどその頃読んでいた、平野啓一郎著「葬送」の中で、ショパンが友人のヴァイオリニストとサロンコンサートを開く件が思い出されてなりませんでした。
ショパン自身も、こんな風にして、この曲を演奏したのかしら…などと思いながら演奏を聴いていると、一昨年、オーチャードホールでの「ショパンとサンド 愛と哀しみの旋律」が思い出されます。
それにしても、時間が経つのは早すぎます。
2楽章を聴きながら、私が次にこの魅力に触れられるのはいつのことかしら…と、泣きたくなりました。
春から、いえ、昨年の最後の公演が終わった直後から楽しみにしてきた、今年のコンサートがすべて終了してしまう…という思いと、ショパンの旋律の切なさが重なって、たまらない気持ちになりました。
耳に入ってくる一つ一つの音がいとおしくて、次々と消えては生まれてくる旋律のすべてをかき集めたいような、大切なものがどんどん失われていくような…。
ルイサダ先生の演奏というのは、録音したり、TVから流れたりしたのでは伝わらない何か…があって、それが、恐ろしく魅力的です。
もちろん、CDの演奏だって、たまらなく魅力的なのですが…。
でも、その素晴らしい、おそらく音楽の本質にも迫る何か…には、コンサートでしか触れることはできません。
時間が止まってしまえば良いのに…と、何度思ったことでしょう。
それでも無常に時は過ぎ、最後の音が消え、そこには感動だけが残りました。
6人の演奏家を称える拍手は鳴り止まず、来日最後のコンサートは終了しました。

(♪)

ミニ・コンサート in ヤマハ銀座 11月29日金曜日
(♪)


全てのコンサートが終わった翌日、ヤマハ銀座店にて、最後のプレゼントかのように、ミニ・コンサート&サイン会が開かれました。
1時間前に到着したというのに、もう、席が殆ど開いていない程の人が集まっていて、人気の高さを感じさせました。

時間が経つにつれ、どんどん人が集まってきます。
店内には、ルイサダ先生のハイドンアルバムが流れ続けています。
…と言う事は、ミニ・コンサートでハイドンをお弾きになるのかしら…と期待して、ルイサダ先生の登場を待ちました。

さて、いよいよ午後5時半となり、ルイサダ先生の登場です。
シックなグレーのスーツでステージに登場されて、ちょっと司会の方と打ち合わせ、すぐにハイドンのソナタ第6番を弾きはじめました。
サントリーホールで聴いた、あの活き活きとして温かな音楽です。
はじめのうちこそ少しザワザワしていまた店内は、まるで魔法にかかって時間が止まった世界のように静かで、ピアノの音だけが軽やかに広がっている…という感じです。
この感じは、コンサートとは大分違います。
でも、今、まさにその場で音楽が生まれているような新鮮な感動は、どこで弾いても変わりません。
そして、語りかけてくるような雄弁さ…。
きっと、偶然そこにいた方も、その音楽の魅力に惹き込まれて事でしょう…。

続いては、ドビュッシーの「沈める寺」です。
正直な所、店頭の小さなサイズのピアノで、あの沈める寺の低音の響きを作ることができるのかしら…と心配だったのですが、演奏を聴いているうちにそんな事は忘れてしまいました。
そのピアノから出てくるとは思えない響きが、どんどん紡ぎ出されてきたのですもの。
改めて、ルイサダ先生の力量の素晴らしさを感じました。

ここで、インタビュータイムです。
ルイサダ先生が、来日の度に、ヤマハ銀座店のDVD売り場で、映画のソフトを買い漁っていらっしゃる…なんていう、プライベート情報まで飛び出して、その場にいらした方は、さぞかし満足されたことでしょう。
そうそう、新しいCDのレコーディング情報も一つ公開されました。
次のCDは、リスト・ショパン・スクリャービンのソナタだそうです!!!
ルイサダ先生のスクリャービンのカッコ良さの片鱗を、以前、ピアノトリオで聴いた時から、ルイサダ先生のスクリャービンをもっと聴きたい!!…と切望していた私にとって、このニュースは、小躍りするほど、嬉しかったです。

後半は、マズルカを2曲(ハ長調Op.24-2, イ短調Op.17-4)。
イ短調のマズルカは、ルイサダ先生にとってお別れの曲です。
なんだかあっという間で、もっともっと聴いていたい気持ちのまま、サイン会に突入しました。

何人くらいの方が並んでいらしたのでしょうか…。
CDがどんどん残り少なくなって、足りるのかしら…と心配になりました。
足りなくなったら困るので、売れ方を見て、私が買っても大丈夫そうだったので購入、サインの列に並びました。
私の番が回ってきたときには、あと何人かの方が後ろに並んでいらっしゃいましたから、CDは殆どが売れ切ってしまったようです。

このサイン会で、ルイサダ先生の生の音を聴くのも最後になりました。
CD発売と次の来日を心待ちに致しましょう…。

(♪)

 

 

 

 

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